黙々と『竜馬がゆく』を読み続けている。学生時代に初めて読み、今回が2回目。ワクワク感は以前と変わらず。既に事の顛末はわかっているだけに、様々な出来事が以後にどう関係していくのかを冷静に見ることができ、前回とはまた違った面白さを感じている。

しかし、著者司馬遼太郎の文章力には今更ながらに唸らされてしまう。よくぞここまで調べ上げたものである。そしてそれに想像力を織り交ぜながら物語は進んでいく。
さて、2025年7月の今、日本は参議院選挙の真只中。我が国の経済状況は、「失われた30年」と言われるように、1990年代初頭のパブル崩壊後からの長期的な不景気の中にあり、物価は上がるものの国民の所得は上がらない中、社会保険料は大きく増え、国民の負担感はかつてないほどに大きく増えているという状況にある。今もそれは続いており、国民の暮らしは一向に上向いて行こうとしていない。
そんな折、『竜馬がゆく』の中の一節にハッとさせられる文章があった。第四巻の中程にある。龍馬が剣を学んでいた千葉道場で、同じくここの塾生だった藤堂平助との会話である。
『藤堂君、わしは徳川に怨念があるわけでもなんでもない。歴史を考えてみろ。遠い昔、京の公卿政治が古ぼけてきて日本のおさまりがつかぬから、関東に頼朝が興り、武家政治になってやっと世の中がおさまった。足利幕府が政府としての力を持たなくなったから戦国騒乱の世になり、信長が出てきて足利家、叡山延暦寺などのふるい秩序、世に役に立たぬ権力、そんなものをぶちこわしてあたらしい政治を布こうとした。今の徳川幕府もそうだ』
そして、さらに続ける。
『外交一つできない。条約を結んでも、ばかにされて下女との雇傭契約のようなものを結んでいる。それに政治というのは、庶民の暮らしを立てさせてゆくためにあるものだ。しかるに徳川幕府というのは、将軍家の保護と繁栄のためにある。こんなばかな政府が、世界中のどこにあるか。』
ハッとさせられる。今から160年ほど前のセリフである。もちろんこのまま同じ言葉を坂本龍馬が言ったとは思わない。著者司馬遼太郎の言葉である。しかし、そこにある思想信条は今に通じるものを感じる。ここにあるセリフを今の「政治屋」に言ったとしてもなんの違和感もないように感じてしまう。
「歴史は繰り返される」という。幕末に生きた坂本龍馬が今の国の政治の有り様を見たらなんと思うだろうか。
今を生きるものは、過去に対しても胸を張ることができねばならないと、この文章を書きつつ思う。