年末、実家の大掃除をした。引き出しの奥に懐かしい写真が結構な数仕舞い込んであった。その中に小学校や中学校、そして高校時代のクラス写真もあった。幼稚園の時から、以来毎年撮っていたクラス写真。手元にあるものもあるが、行方不明になっていたこれらの写真。懐かしくて暫くの間見ていた。小学校の低学年のものは、担任の先生の顔も名前も忘れてしまっている。クラスメイトの半分以上の名前を思い出せない。高学年になってくるとさすがにその数は少なくなってくる。そして中学になるとリアルな思い出が増えてくる。高校になるとほろ苦さの感情と共にあのころの切ない記憶が鮮やかに蘇る。写真の中の旧友には、数は少ないがもうこの世にいない同級生もいる。
節目の年齢を迎えた時、中学、高校時代のメンバーでそれぞれ同窓会が開かれた。卒業以来数十年ぶりの再会の者も多かった。それぞれに歳を重ね、年相応の顔姿になっているが、暫く話をしているうちに昔のあの時の記憶が蘇ってきて、昔と今の顔がシンクロしてきて不思議に時の隔たりを感じなくなっていった。
久しぶりの再会の後の懐かしい写真。しみじみとそれらの写真に見入ってしまった。
そして、巡り巡って「老いる」ということと「介護」のことを考えた。
長生きは素晴らしい。このことに異を唱える者はいないと思う。しかし生きてはいても歳を重ねれば身体は老化し機能は衰えてくる。できないことや不自由さも増えてくる。生きることへの辛さも増えてくるように思う。先ずは身辺自立が維持できるか。その中でも歩行と排泄が自由意志で自力でできるかの意味は大きい。
介護する立場になることと自らが老いていくことは、「誰もが通る道」である。しかしこのことを我がこととして意識するのは、随分と歳を重ねてからであるように思う。これはある意味仕方のないことだとは思う。しかしこのことを早くに意識することができれば、介護する者もされるも者も随分とその有り様は異なってくるように思う。
各家族化が進んだ今、親との二世帯同居家族はそう多くはないと思う。その中で自立困難な状況が発生すれば、福祉のサービスを上手に利用していくことが不可欠になっていく。先ずは相談から始まり、その後、介護認定の運びとなる。「支援」「介護」の判定が行われ、そのレベルに応じてサービスを利用する。一連の流れは整えられ申請から利用まで滞ることなく進んでいく。今、その立場になり我が国の福祉サービスのシステムの素晴らしさとありがたさを実感している。
ただ、多くの場合は、怪我や病気で身体的機能が弱まり、通常生活の困難性の増大により、慌てて申請することが多いのではないだろうか。一連の手続のもとサーピスの提供は始まるが、サービスの提供者である福祉事業者はそれぞれに個性があり、故に受けるものとの相性の良し悪しも当然のこととして発生することになる。家族としては、一刻も早くという気持ちの中で、この「相性」は後回しになり、「緊急性」が最優先されていきがちになる。うまく相性が一致すれば幸せだが、相性が悪いと当人にとっては不可欠のサービスが辛いものにもなっていく。
近い将来、年齢的に福祉のサービスの利用が近づいてきたことを感じるようになってきたら、介護するものは介護制度の仕組みを正しく理解することが大切だと強く思う。そして身体機能が劣ってきたことを感じるようになってきたら、福祉サービス利用の窓口になる「地域包括センター」に連絡し相談することが最初の一歩になる。相談することに迷いは不要である。勿論相談は無料。本人の不自由さや家族支援の現状などを伝え、当事者の情報を「地域包括センター」と共有することに大きな意味がある。そしてここが持つさまざまな情報を把握していく。この「あらかじめの把握」が後々大きな意味を持ってくると感じる。何もない時からの連携こそが重要だと力説したい。そして可能であれば、将来利用する可能性のあるサービスの「おためし」利用も考えていくと良いのではないだろうか。その中で当事者が相性の良いサービス提供者と出会えれば、当人とっては幸せなことだと感じる。
年の終わりの大掃除での懐かしい写真の発見から、老いや介護のことなど年の初めにいろいろ考えてしまった。
今年もこれまでと変わらず、健康の維持増進に努めていきたいと強く思う。